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茨城県 鹿嶋市 居酒屋やぐら 「職人魂」
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お店で起こる楽しい出来事や料理教室での出来事を私特有の卑猥な表現でご紹介しております。
by izakaya-yagura
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20年ぶりの…
私の高校時代の恩師は、
現在、 関西の大学で
活躍しておられる。
20年以上経った今でも
最も尊敬する人の一人である。
野球を心の底から愛し
誰よりも太く濃いまゆ毛で、
礼儀や服装等の社会的な
秩序を重んじた。
甲子園を狙えるような
強豪でなくとも
野球を通して社会に通用する
人間作りを提唱し
全員野球、 根性野球、
文武両道の3つを掲げ
全身全霊で野球部を
指導されていた。
そんな監督の指導や
普段の振る舞いは、
野球になんら興味の無かった
学校や一般市民をも巻き込んで
強さとは別の意味で
新聞等で注目された。
雑草軍団
いつからか我々は、
新聞等でそう呼ばれる
ようになっていた。
当時の高校野球の真中は、
東の横綱「常総学院」
西の横綱「桐蔭学園」。
当時の常総は、
現在も日本ハムで活躍する
金子誠がキャプテンだった。
そんな華々しい
チームとは対照的に
グラウンドすら
無かった我々は
毎日毎日自転車で
かしまハ〇ツへ移動した。
真っ暗の中、
監督の車のライトを頼りに
歯を食いしばった。
高校から野球を始めた人間、
中学時代補欠だった人間、
野球を一度やめた人間。
3人の先輩と3人の後輩で
構成された「雑草軍団」は、
私が3年生の春…
経験者ばかりの
伝統校や
特待生がいる
スポーツ学校を打ち破り
まさかのベスト16を
勝ち獲った。
卒業後…
文武両道を貫く雑草軍団は、
私の2期先輩の部員から
私の代までの部員全員が
大学へと進学した。
うち、東京・関西六大学へ
6人もの人間が進んだが、
私ではない…。
今となっては…
雑草軍団で集まることは
ほとんど無くなったが
家の思い出コーナーには、
雑草軍団の記事や写真が
ひっそり飾られている。
そんな、
思いでの品々の中に
一際目立つ冊子がある。
それは監督が自ら記してくれた
短編小説のような文集である。
あの時の監督の思いや
雑草軍団の足跡を体験できる
我々だけの物語がその中に
綴られているのだ。
1992年の卒業当時、
私は感動し監督の真似をして
同じような文を書いてみたが
全く書けなかった。
2002年…
国語の教師でもあった監督は
自ら応募した短編小説が
コンテストで見事に
グランプリを獲り
わたせせいぞうの
イラストでストーリー化された。
影響されやすい私は、
それから更に興味を持った。
それから10年後…
形は違えど、
今、私は恩師の真似をして
つたない言葉をつないで
ぎこちない文章を書いている。
何で長いの?
そんな風に聞かれる事が
最近とても多いので、
きっかけについてを
私なりに記してみた。
何を書きたくて、
何を伝えたいのか?
それすらもわからないが、
いつか良いものが出来た時、
恩師に読んでもらおうと
思っている。
思い出…
いつだかキャッチャーマスクを
公式戦に忘れた。
キャッチャーは、私だった。
歯を食いしばり
怒られるのを待っていた。
「キャッチャーマスクを
忘れたのは誰だ!」
「 … 」
「はい、僕です!」
名乗りを挙げたのは、
セカンドを守る後輩だった。
ぶっ飛ばされた後、
彼は必死に忘れ物のミスを
挽回すべく走って走って、
大声を出していた。
もちろん監督も
わかっていただろう…。
しかし何の遠慮も無く
監督は名乗り出たセカンドの
後輩をひたすら叱り続けた。
後輩はひたすら
声を張り上げた。
スタメンをはずされた
その試合で、
後輩は声を潰しながら、
代打で渋いヒットを放った。
3人の後輩の最後の一人が
やっと結婚しました。
心よりお祝い申し上げます。
おめでとうございます。
そして…
あの時はありがとう。
先日いつもの行きつけの
スナックにお邪魔した。
月に一度の楽しみである。
メンバーは、
誰が見ても明らかに
自分が大好な板さんと
誰が見ても明らかに
自己否定に悩む板さんの3人。
席に着きいろんな話を
するにつれ
店のマスターである
イカリンは、
突然、席を立つと
しばらくして
「魔法の就活」阿部誠一著
を手に戻って来た。
自己否定に悩む板さんに
「是非、読んで頂きたい!」
と、筆者の直筆サイン入りの
貴重な本をくれたのだ。
表紙のカバーには、
大きくわたせせいぞうの
イラストが描かれている。
こちらの著書の先生とも、
縁あって私はお付き合いを
させて頂いている。
わたせいぞうつながりで
2人の先生に縁があった。
監督の文に興味のある方は
こちらからどうぞ
http://www2.odn.ne.jp/~cir70080/index.html
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by
izakaya-yagura
|
2012-04-25 15:02
|
ひとりごと
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5
)
春爛漫
嫁さんの実家のある富岡町は
原発事故が起こるまでは、
桜の町として有名だった。
特に家のすぐ近くにあった
2、5キロにも及ぶ桜並木は、
不感症の私ですら、
幻想の世界に迷い込んで
しまったかのような、
そんな錯覚すら覚える程の
迫力だった。
「どうなっているのかね…」
桜並木については、
今でもよく会話に出てくる。
先日、たまたまニュースで
今の桜並木の様子を
見ることができた。
あの桜並木はそのままだった。
まさに「春爛漫」
幻想的な世界とは裏腹に
手前に映る生々しい防護服が
悲しい現実に引き戻した。
4月…
先日かしま灘楽習塾の
「飾り巻き寿司教室」
が初日を迎えた。
継続含め70名の応募の中から
抽選で選ばれた15名の方達が
これから月一回のペースで
来年の3月までお付き合い頂く。
なんと!今年は、
アシスタントがついた。
私とイカリンの他、
2名の女性を従えての開催に
私は興奮してしまい
朝の5時からウロウロしていた。
イマイチ貫禄不足の私ですが、
参加した市民の方達の
期待に応えるべく
ドヤ顔でガンバリマス。
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by
izakaya-yagura
|
2012-04-19 16:29
|
お料理教室
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2
)
来襲
何の前触れもなく
久しぶりにやってきたのは、
元アントラーズの
「マル◎ーニョス」だった。
移籍時は涙ながらに
鹿嶋から彼を送り出したのだが、
現在は横浜マリノスに
在籍という。
冗談かもしれないが、
鹿嶋が好きで出来れば
戻りたいと言っていた。
アントラーズが獲って
くれないらしい。
今日は女将さんに会いたくて
わざわざ来たんだよー
そう通訳さんが話すと、
女将さんは彼に直接、
通じない日本語を駆使し
超大声で喋っていた。
別に彼は耳が遠い
訳ではないのだが、
何でも直の
女将さんなり流儀なのだ。
帰り際、
じゃ女将さん!
帰るから、またね。
通訳さんが声を掛けると
女将さんはまた超大声で
「なーにーよー!」
と見送りに来た。
「シーユー!!」
彼は小粋に声を掛けた。
しかし女将さんには、
「ウッセーヨー!!」
と聞こえたらしく
一時、辺りは騒然となる。
次の日…
ウッセーヨの心配もなく
彼は再び笑顔でやってた。
今日はアントラーズホーム戦。
頑張れアントラーズ!
頑張れマルちゃんも!
今日も来たりして。笑
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by
izakaya-yagura
|
2012-04-07 16:08
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お客様
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2
)
求人
昨月、新しい進路へ
アルバイトさん達が
一斉に旅立った。
長く勤めていれば、
お仕事が出来るのは当然。
入ったばかりなら、
出来ないのもまた当然。
忙しいこの時期に、
女将さんと私は
社員教育に奮闘している。
そんな先日、
女将さんがめずらしく
私にしみじみと
語りかけてきた。
共に働いてくれた皆が
いなくなった寂しさと
新人達の仕事ぶりを
伝えてきたのだ。
「お前も疲れてるだろう…」
めずらしく私を気遣った言葉に
「いや、俺は全く大丈夫。」
腰が張り、口の中は
口内炎だらけだったのだが、
私は女将さんの言葉に
目一杯、虚勢を張って見せた。
すると女将さんは、
何気なくバックから
コンビニのおにぎりをとりだすと
私の前にそっと置いた。
「これ食べなさい…」
毎日忙しい女将さんは、
菓子パン、おにぎり、バナナ等が
かならずバックに常備されている。
まかないを食べた
ばかりだったのだが、
何となく女将さんの
気持ちが伝わってきた。
「あー、食べるよ。」
ぶっきらぼうに私が答えると
女将さんは
小さくうなずいていた。
女将さんはさっきから
携帯を探していたのだが、
バックから出てきたのは
エアコンのリモコンだった。
「あー、ほらね…。」
いつもなら笑い飛ばす所だが、
なんだか今日は、
自分自身に
あきれているようだった。
少しして…
私がカウンターに戻ると
女将さんはおもむろに
私にくれたおにぎりを
美味しくなさそうに食べ始めた。
突っ込もうかと思ったが、
私は見てみないふりをした。
数日後…新人さん達が
ようやく仕事に慣れてきた。
仕事の出来る経験者も来た。
なんとか体勢が整った。
新人さんの名前が
出てこない女将さんは、
「えーと…ガムシロちゃん!」
訳のわからない名前で呼んだ。
入ったばかりで
ぎこちなかった従業員達は
みんな腹を抱えて笑っていた。
ガムシロと呼ばれた子は
複雑な顔をして笑っていた。
従業員同士に
笑顔が戻ってきた。
女将さんに
活気が戻ってきた。
「どーしたの、風邪?」
花粉症に苦しむ女将さんは
涙目に鼻水を抱えている。
「風邪じゃないのよ
あれ、放射能でさぁ
参っちゃうよ!」
「えーっ!! 放射能で…」
お客さんはマジ顔で
放射能発言に落ち込んでいた。
しかし…
活気が戻った女将さんには、
花粉症を言い間違えている事を
知るよしもなかった。
求人広告
~ホール接客係~
①5時~10時の間で
3時間以上働ける方
②7時~0時の間で
4時間以上働ける方
(都合により相談に応じます)
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時給 九〇〇円(研修期間なし)
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~皿洗い・調理補助~
7時~0時の間で4時間以上
(都合により相談に応じます)
*週3日以上勤務
時給 九〇〇円(研修期間なし)
興味のある方は、
0120-84-7203
までお電話下さいませ。
楽しい女将さんと
挙動不審の私がお迎えします。
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by
izakaya-yagura
|
2012-04-02 18:45
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ひとりごと
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今思うと…
3.11から1年が過ぎました。
今もなお、震災と戦う方々に
心よりお見舞い申し上げます…
3.11が近くにつれ
震災を風化させないように
マスコミは震災時の映像や
今の現状等を一斉に流し始めた。
やりようのない気持ちに
涙が込みあげてくる。
以前紹介したように
私の嫁さんは福島県出身である。
実家がある福島県富岡町は、
今も避難地区に指定されており
原発20キロ圏内にあるせいで
この先も帰れる予定はない。
先日のテレビ番組の特集で、
まさに今現在の富岡町の様子を
写す映像が流れていた。
映し出された映像には、
スーパーや商店街等
よく立ち寄る店等が
変わり果てた姿で映っていた。
路地裏には牛が歩き、
空き家は豚に荒らされていた。
そんな悲惨な映像の中に
一瞬、一際目立つ建物が映った。
それは私の子供達が
大好きだった
「TEPCOエネルギー館」近くにある
小さな小さな回転寿司屋である。
その名も
「アトムボーイ」
今では禁句のような
斬新なネーミングに加えて
近で覗かないと何屋なのか
全くわからないその外装は、
食欲を打ち消すような
薄緑青色ただ一色だった。
最近になって
近くに食欲を大いにそそる
大型チェーンが出来たのだが
私はなぜか?
そんな近未来色に染まる
「アトムボーイ」へ
立ち寄ってしまうのだった。
しかし、今思うと…
馬鹿にしていた店の色と
ネーミングだったのだが
原発の町であった当時には
意外と「アリ」だったの
かもしれない…。
そんな福島の映像で
気を落としているであろう
嫁さんを励まそうと
先日、私は嫁さんの大好きな
カラオケに付き合うことにした。
普段、私はカラオケに
進んで行くことはない。
これは私にとって
特別なことなのだ。
3月9日に鹿嶋神宮で行われた
「祭頭祭」という
普段、中々参加することが
出来ない貴重なお祭りに
今年は震災復興という事で
私は商工会から参加させて頂いた。
そんな事があり、
今の私はとてもカラオケが
楽しめる状態ではなかったが、
嫁さんの大好きな「嵐」を
私なりに精一杯演じて見せた。
そんな気持ちが込められた
渾身の「嵐」に向かって
嫁さんは、
「なんだ、それは小雨か?」
と、小粋なネーミングで
私を馬鹿にして笑っていた。
今思うと…
嫁さんの「知念里奈」は
私の「嵐」なんかよりも
ずっといけてない選曲で
あった事に気がついた。
そんな数日後…
大きな地震が再び関東を襲った。
3.11が頭をよぎった。
店は営業中だったので
私は冷静に頭の中を整理した。
まずお客様の誘導と
火の元の確認か…
数秒立ち止まる私をよそに
いきなり動き出した女将さんは、
「あああぁーあ!」
とにかくパニックを
あおっていた。
「早く、早くほら、あーっ!」
「あー子供達をはやくー!」
パニックを更に
あおるその言動に
私は思わず、
「いいから、もう
うるさいクソババー!」
と叫んだ。
とにかくここは冷静さが
必要なのである。
一通り火の元を消し
パニックになりそうな客席に対応し
家にいる子供達の様子を
見に行った。
家に入ると
パニックになっている
女将さんとは対照的に
嫁さんは、
冷めた目つきでネギを刻み
子供達は、
いつもよりぐっすり寝ていた。
次は店と家の止まった
ガス栓を開きに外へ出た。
夜空には町内放送が
「津波の心配ありません…」
と響き渡っていた。
店へ戻ると、
女将さんは烈火のごとく
地震で不安になったお客さん
ものとも私に叫び散らした。
「ピーーーーーーー」
*叫び声*
私とお客さんは
心身ともにめっきり衰弱した。
散々怒り散らした後、
突然「帰るっ!」と言って
店の前から出て行った。
しばらくして後ろ口から
ブツブツ言いながら戻って来た。
それを2度ほど繰り返し
ようやく家へと帰っていった。
地震の揺れよりも
叫び声の余韻が店内に残った。
今思うと…
間接的には、
これも地震による
被害なのかもしれない。
*福島の一日も早い復興を
願って止みません。
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by
izakaya-yagura
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2012-03-16 00:41
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ひとりごと
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